話の種

レトルトって何?

日本ではレトルトといえば、1968年に世界で初めて一般市場向けに発売を開始したボンカレーを筆頭に、プラスチックフィルムパウチに入ったカレーやスープ食品がポピュラーです。(宇宙食、戦場携行食としては、それ以前からありました)
しかしながら、これは日本だけで通じる和製英語のひとつでして、レトルトとは食品業界では世界的には下の写真の機械を指します。


食品業界で云う「レトルト」とは日本語で言うと、高温高圧殺菌釜とでも言いますか、たいていクルマより大きいお釜です。 大きな物では観光バスより大きいものがあります。 
つまり、この釜で殺菌したものは皆、缶詰も含めてレトルト食品です。 簡単にレトルトカレーといっていますが、これでは、缶詰のカレーだか、レトルトパウチのカレーだか判らない。 

そうです、皆さんが普通に日本のお店で見かけるプラスチックフィルム製容器に詰めたカレーなどの食品を「レトルトパウチ食品」というのです。

缶詰やレトルトパウチ製品の作り方。

ひとことで説明しますと、缶詰もレトルトパウチ製品も、中身を詰めて密封してから、容器ごと加圧加熱して中身を殺菌するのです。 殺菌剤や保存料をつかって中身を殺菌してから無菌操作で封をするわけではありません。

殺菌してあっても無菌でない話

缶詰レトルトパウチ製品は普通110℃以上の高温で殺菌します。 世界的に、酸っぱくない味の製品の場合、製品の中心に温度が121℃で3分掛かるのと同等以上の熱エネルギーで加熱殺菌しなさいという決まりが出来ています(日本では端数を切って120度 4分/学問の世界だと121.1℃で2.54分か3.1分)。 63℃で30分加熱すれば、大腸菌、サルモネラ菌等の食中毒菌を、全てを殺すことができますから121.1℃というのが如何に高い温度か、お判りと思います。 
121℃というのは、食中毒細菌の中で最も熱に強い、ボツリヌス菌を殺すために選ばれた温度です。 そういう意味では、レトルトパウチ製品は食中毒菌に対して「無菌」と言えますし、殆どの缶詰会社も無菌食品と言っています。 しかし、微生物学的に言えば、完全無菌の食品は、殆どありえません。
ここが、ややこしいところです 

世の中には、121℃でも、すぐには死なない細菌もいるのです。60℃、70℃で煮ても死なない細菌を、好熱菌とか耐熱菌と呼びますが、海底の100気圧、300℃を越す高温高圧温泉の中から発見される細菌等が、よい例です。 
また、今、微生物学者が偉そうに語れるのは、地球に存在するであろう微生物の5%の種類にすぎないと言われています。 

つまり、食べてもおなかを壊さないけど、食品を溶かしたり、不味くしたりする悪さをする細菌が、わずかですが残っている可能性がある訳です。 当然、完全に殺菌した製品を出荷してほしいと言う、意見もあるでしょう。


実は、完全な殺菌をするには、燃焼させるくらいしかないのです。 焼くのです。真っ黒焦げに、芯まで。 これ以外の方法では、何万分の一、何百万分の一、の可能性で、熱に強い細菌が生き残る「可能性」があるのです。 (この他に放射線照射と言う手段もあります。 日本では一般的ではありませんが、もっと、おいしい仕上がりができるそうです)

真っ黒焦げの炭を食べたいと思う人はいませんよね。 そこで缶詰、レトルトパウチ製品の殺菌は美味しそうな色と味を保ちかつ、常温で保存できる程度に殺菌しています。 これを「Commercial sterilization (商業的殺菌)」と呼んでいます。

あえて、常温と書きましたが、実はここが味噌なのです。 煮ても死なない細菌達には、人間にとっての常温10度から35度くらいの温度は、活動するのに寒すぎる温度なのです。 彼らには45度くらいから90度くらいがお気に入りの温度です。 つまり、かろうじて生き残っていても、凍えて動けないから、悪さができず食品の味がおかしくなることはないのです。 私たちの製品が製造後, 流通保管されるのは、凍ることの無い、でも、暑くてかなわないという訳でもないと言う所です。 ですので完全無菌ではなくても製品が痛まないのです。  

蛇足

完全無菌ではないけど、痛まないと言う点で、最もポピュラーなのがジャム類ですね。 あれは砂糖が、沢山入っているので、微生物が成長するのに利用できる水分の量(水分活性と言います)が少ないのです。 だから瓶詰めジャムは家庭で普通に作ってレトルト殺菌していなくても腐らないのです。 
(但し減糖とかすると、水分活性が上がって、かびやすくなります。 減糖、保存料無添加という製品は、よっぽど用心しないとカビ毒でひどい目に会います。 ご家庭で作るときは、ご用心ください)

出荷先ごとに違う殺菌条件

商業的殺菌ですから、製品の出荷地向けに様々な殺菌条件があります。 自衛隊がカンボジアに持っていったレトルトパウチ食品は、一般に日本の店頭で売られている同種の食品より、ずっと強い殺菌条件(長い、熱い)が利用されました。 カンボジアの強烈な太陽にあぶられて、物資倉庫の温度が80度を超える可能性があり、耐熱細菌が目を覚ますかもしれないので、その可能性を減らす為です。 味は悲しいほど美味しくなかったそうです。 殺菌条件を上げれば上げるほど、保存性は上がりますが、味は落ちます。 缶詰、レトルトパウチはこのベストバランスを取るのが製造の勘所で、各社の腕の見せ所です。 

ともあれ、日本で売っている製品は、日本の常温で取り扱われることを前提にして殺菌していますので、高温な場所への放置や、直射日光に晒す事が無いようお願いします。 また、考え無しで熱帯地方への輸出をする事はお勧めしません。

物流中の配慮

直射日光をあびた海上コンテナ(一番上の段)の中が、どの位の温度になるかご存知ですか? 70℃くらいは楽々行きます。 時々密航者が中で煮えてますが、非常に高温になります。 そこで、真っ当な食品貿易会社は低温コンテナを使ったり、下甲板につめたりして、中身が煮えるのを防いでいます。

(このような対策が取れない会社の缶詰などが、洋上や通関倉庫で、山ほど爆発していたり、不必要に強い殺菌で、風味が無くなっているなんていうのは、業界では良くある話です)


ネーピア港
日本向けコンテナ船、一番近所のコンテナ港Napier港にて
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