失敗学

真空しただけじゃ腐りますぜ

はじめに
いつもは食品工学を学んだ人向けに書いていますが、今回は特に平易に書いたつもりです。丸っきりの素人さんにはちょっと難しいかもしれません。今回は丸っきりの創作です。

「食品工業の失敗学」のページを持っているので、PGJの所には、「あぁぁ失敗してしまったぁ。助けてぇ。」というご相談がしばしば寄せられます。
多くがProcess Engineeringな食品加工とは縁のない「道の駅の加工所」や、「外食の厨房」レベルのノウハウの方々が賞味期間を有する加工食品を密封し流通し販売しようとして大失敗と言うパターンです。
恐ろしいほどに、ワンパターンで驚きます。

と言うわけで、今回は、保存食品で商売したいなら というお話を、物語風にしてみましょう。

1. そもそも

とある町のレストランのオーナー山田氏。
新たに採用したシェフ伊盛がメニューに載せたビーフシチューが評判がいい。その名も「ゴロゴロ肉のビーフシチュー」。
一週間分の量を寸胴鍋にコトコト煮つめ、大きな肉の塊が煮えている所を画像でwebにアップして「お好きな頃合いにどうぞ。お勧めは土曜日のDinner」とFacebookでやったら、意外と受けて来店が増えた。

とはいっても、土曜日に天候が悪いとか、天気が悪いとか、水商売とはよく言ったもので、お客様が見えないこともある。なまじ来店者が増えたので仕込み量を増やし、それが余ると原価も出ない大赤字になる。

2. リワーク

あまったらどうするか? 捨てるというのも簡単な手段。「ランチタイムのハヤシライスに足してやればコクが出て良いかも?」と山田。
「では、冷凍して保管しておきましょう」と伊盛。
オーナー山田の期待通り、ランチタイムのハヤシライスの売り上げ好調。

ここまでは、セントラルキッチンでない小規模厨房でなら当たり前のようにある話。違法でも何でもない。スーパーマーケットでマグロのサクが刺身になり寿司になって売り切るのと同じ手法です。

3. 冷凍のまま売れんか?

ある日、近所の携帯電話屋の野島さんが「ハヤシの元の冷凍ビーフシチューをネットで売ったら儲かるんじゃねえか?」と言ってきた。
さっそくプラスチック袋に500gずつ詰めて、店の冷凍庫で冷凍し、店頭に「当店名物ゴロゴロ肉のビーフシチュー お持ち帰り用冷凍パック有り!」と出したら、最初のひと月はよく売れた。

が、リピーターが無い。そのうちツイッターに「店で出しているのと売っているのは別物」とかいう書き込みが出始めた。
オーナー山田はシェフ伊盛に「お前何やってんだ?」と文句を言う。シェフ伊盛「同じに決まってんだろ。食ってみろよ。」
では!と1パック解凍して食べてみようとしたら……
「肉の塊が無い!?」 「ソースが分離してる!」 「少し変な臭いがする」

さて、ここまでの失敗は何だったのでしょう?

・冷凍方法の失敗:
二人は500gのシチューのパックを冷凍する際に店の冷凍庫を使いました。10パックのシチューを冷凍庫にいきなり詰めたこともあり、シチューのパックは急速冷凍されませんでした。
急速冷凍の反語は緩慢凍結。緩慢凍結は凍結する際に食品組織の中で氷の粒が大きく育ちやすいという特徴があります。肉の塊の中で氷の粒ができると肉の繊維がボロボロになります。
(参考リンク:肉の組織と緩慢凍結の参考画像)
緩慢凍結はソースの乳化も壊します。かくして分離した肉の塊がバラバラのシチューだったものができたわけです。煮込んで煮込んでただでさえ肉が柔らかくなった売れ残りを緩慢凍結したので、こういうことになったという側面もあります。

・袋の選択の失敗:
冷凍食品の風味の劣化というものはいろいろな原因があります。
まずプラスチックフィルム(素人さんがビニールっていう奴ね)は酸素やその他香気を通します。冷凍庫内の様々な異臭が安い包材を通過してしまったのです。
いわゆるプラスチックフィルム素材にはポリプロピレン、ポリエチレン、ナイロンなどなど 多くの種類 があります。それぞれ向き不向きがあるのです。
冷凍食品を詰めたいと思ったら、凸版、大日本 などの容器屋さんに「こういう内容物を何℃で詰めて、何℃で保管流通させて、賞味期間は何ヶ月で、最適包材教えて」と言わないとダメでしょう。冷凍食品のプロでない事業者が詰めた冷凍食品容器には「この袋に詰める馬鹿がいるか」という選択をしているケースが見られます。

肉が砕けても少し変なにおいがしても、ハヤシライスの元に再利用した際には、肉の大きさは気になりませんし、トマトケチャップの風味で少しくらいの臭いはマスキングされてしまうので、わからなかったのですね。

4. 冷凍がダメなら真空パックだ!

シェフ伊盛が面白いことを言い出した。「冷凍するとダメなら真空パックしてみよう。真空調理用の真空包装機があるよ。」
二人の頭には真空包装パックのチルド加工品が浮かんだのでした。テリーヌやパテなどの手間のかかる食材をわざわざ厨房で作っていては単価が上がって時間がかかってしょうがない。あの種の業務用食品は、多くが真空包装ではあります。

オーナー山田、さっそく温まったシチューを冷凍食品用の袋に入れて真空包装してみた。減圧していくところを真空包装機ののぞき窓から覗いていると……
「あーーー! シチューが噴き出してる!」

シェフ伊盛は思い出した。「液物を減圧するときは冷やしておかないと噴き出す」ということを。

真空パックの失敗と沸点降下
減圧と沸点

気圧と沸点の関係

「温かい液物を真空引いちゃダメだよオーナー。もっと冷やしてからでないと噴き出してしまいます。」と、ちょっと威張りモードだったシェフ伊盛。

しかし50℃に冷やしても0.1気圧(-0.9気圧)まで引くと沸騰して吹いてしまうことには変わりない。水道水なら沸騰しても噴き出すことはないが、シチューのように粘度が高いと泡になって噴き出してしまうのです。

基本的に量の多い粘度のある液体物を強い真空包装できる包装機はありません。天下の東洋自動機様の全自動真空包装充填機でも、ハンバーグのタレ程度なら何とかなるというレベル。それでも減圧タイミングを絶妙にコントロールしているんですけどね。

5. 真空パックがダメなら脱気包装するべ

オーナー山田考えた。「仕方がない肉だけでも助けよう」
おめでとう「肉9割、ソース1割のシチューの真空パックができた!」

知恵を付けたシェフ伊盛。真空しない脱気包装機を見つけてきた(富士インパルス 脱気シーラー)。しかし高い。。。
「それなら、手で空気を押し出して普通の ヒートシーラー で密封したら『なんちゃって真空パック』の出来上がりだ」

という訳で、都合2種類:
「肉塊9割/ソース1割のシチュー」 と 「肉塊3割/ソース7割のシチュー」 ができた。
二人とも製品開発している気分を十分満喫している感じだな。

6. 今度は試食するぞ!

冷凍の時に懲りたので、「今度は試食しよう」とオーナー山田。
前回の冷凍で懲りたので「今度は常温で保管しよう。」 二人は、その試作品をキッチントップにおいて翌週食べてみようと見てみると……
「袋が全部膨らんでる!」 開けてみたら…… 腐敗臭。

あちこちググったオーナー山田。「どうやら、パックした後にパックごと熱湯で煮ると殺菌にいいらしい」というネタを持ってきた。
「よし、もう一度やるぞ!」 で、またまた「肉塊9割/ソース1割」と「肉塊3割/ソース7割」のパックができた。
今度は鍋で袋ごと5分茹でた。
「レトルトみたいだな」とシェフ伊盛はご満悦。

7. 今度こそ試食できるかな? & 起死回生販売再開

さて次の週。どうでしょうか。
いくつか膨らんでいますが、膨らんでいないパックは美味しく食べられる。「膨らんでいないやつだけ売ればいいんじゃないか」とオーナー山田。打率はソースが少ない方が良かった。

という訳でコスト高で販売価格も高くつくけど、「肉塊9割/ソース1割のシチュー」だけを販売することにした。

オーナー山田、常連のお客に「こんどレトルトのパックのシチュー出したんですよ。食べてみてください。」とばら撒いてみた。

8. やっぱり膨らんだ

食中毒は起きなかったけどね。「無免許営業で営業停止命令を出すぞ!」 と保健所に怒られました。

ステップ5から8の失敗の数々

・充填温度とpH制御の基本を知らない:
あえて書きませんでしたが、ステップ5で液物は充填温度を90℃以上で詰めると良かったのです。「ソースたっぷりシチュー」を鍋で肉の芯も90℃以上になる様に温度を上げてから、その温度のまま速やかにパック詰めして脱気包装してシールしておけば、この製品は良い線行きました。なぜなら、このシチューは赤ワインを使ってpHが4.5前後の弱酸性食品だったので、充填の最適条件と保存の最適条件を守っていれば酷いことにはならなかったのです。
極端な例ではpHが低い酸性食品で、水分活性が低い、初発菌数が低い、などの条件があれば常温流通できる商品があります。砂糖たっぷりの古典的なジャムが一例です。

・「真空=レトルト」という致命的勘違い:
今回の製品はビーフシチュー。こんな水分活性の高い製品はいくらなんでもレトルトパウチ容器に封入しレトルト殺菌(加圧加熱殺菌)にかけなくては常温流通は無理です。ステップ6でシェフ伊盛が「レトルトみたいだ」と言い、真に受けたオーナー山田がステップ7で「レトルトパックです」とほざいていますが……。
レトルトパウチ詰め食品とは専用の容器に詰め、容器ごと高温高圧で殺菌した食品です。素人が一番やるのは「真空包装したら、密封包装したらレトルト食品」という大勘違いです。
(レトルト食品についての超基礎は こちら)
つまり、今回のビーフシチューはどちらのタイプも要冷蔵でした。弱い脱気で作った「肉塊3割/ソース7割」の方は、製品中(液中も含む)に残った酸素で中温好気性菌が繁殖し、膨張腐敗ということになりました。まぁ基本は要冷蔵だね。

・ボツリヌス菌のリスク(100℃ボイルの恐怖):
オーナー山田が「レトルトシチューです。」と配っておりましたが、ステップ6で100℃で茹でているだけです。これが恐ろしい。pH4.5と言えばボツリヌス菌の生育限界ギリギリ。増殖しても不思議のないpH帯です。
かの11人殺しの「からしレンコン食中毒事件」でも有名を馳せたのがボツリヌス菌です。
あの事件の場合、
1. 初発菌数は低かったのに、熱湯煮沸で他の一般生菌を殺菌したためボツリヌス菌が優勢状態になったこと。
2. 真空包装して嫌気細菌であるボツリヌス菌が増殖しやすい状態になったこと。(世の中には酸素があると育たない細菌も多くいます)
3. それをさらに常温に置いたこと。基本的にウェットな食品は要冷蔵です。
多くの食中毒菌は増殖時にガスを出さず、つまり膨らまないこともある。ある意味膨らんだものを食べる人は居ないので店の評判は落ちても死人は出ない。

・法令違反(無許可製造と表示違反):
そして、何が無許可だったの?
オーナー山田の店は保健所に飲食業の営業許可をもらっていましたが、「そうざい製造業」と「食肉製品製造業」の許可はもらっていませんでした。
レトルトと言って売ったので「缶詰又は瓶詰食品製造業」の許可も必要だったんです。まぁ殺菌技術者の資格がないとどうにもなりませんし、資格を持っていたらこんな事故は起こさなかったでしょうね。
どこにも義務表示を付けたと書いてないでしょ?食品衛生法・JAS法(食品表示法)での表示違反でもあったのです。

結局どうすればよかったんだろう?

一番無難なのは「飲食業は飲食業に徹する。」ではありますが、それでは質問を下さる皆様に申し訳ないので。

1. 食品保蔵学を学ぶ

意味が分かるようになるまで手を出しない。
県の衛生部門(いわゆる保健所)や農産部門に教えてもらう。我々食品加工のプロから見ると、役所はろくでもない現場を知らない御仁ばかりだが、まるで素人の飲食業屋さんよりはネタを知っている。しかも彼らは相談料無料である。

一番遠回りだが、安定したビジネスをしようと思ったら聞きかじりではできない。お料理とそろばんができれば飲食業は始めることができる。(そのかわり、簡単に潰れるので年間数十万店が消える)。
賞味期限を有する食品の工業生産は、食品科学(食品加工学、食品保蔵学、微生物学など)、食品法令の知識などを知ったうえで初めてレシピづくりができるのです。

いきなり弁当販売やケータリングを始めた外食店がありますが、作ってその場で食べてもらう「だれでもできる料理」と、製造後数時間から数日の食品安全を担保しなくてはいけない「食品工業」は、必要な設備知識に雲泥の差があることを十分認識してください。食品産業は大学や大学院で食品を学んだ人々がやっているのです。

参考図書

・食べ物と健康,食品と衛生 食品加工・保蔵学
講談社出版案内
・食品保蔵学(恒星社厚生閣)
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・食品保蔵学(野中順三九 著)
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2. 短期的にはどう作るべきだったか

「肉塊9割/ソース1割」と「肉塊3割/ソース7割」の両方とも2?4週間ぐらいの賞味期間を持たせたパック商品はできたでしょう。

以上のことをするには、最低でも中心温度計が必要です。安物買いは悲惨なので、せめてこれくらいは買いましょう:
佐藤計量器製作所 防水型デジタル温度計 SK-270シリーズ

「肉塊9割/ソース1割のシチュー」の方は80℃位で充填して真空密封し、そのあと95℃以上の熱水でボイルするといいでしょう。肉が多いので熱伝導が悪いため、長い時間ボイルしないとダメかもしれません。その時間は数個犠牲にして中心温度計を刺してみて計測するといいでしょう。以降はその経験値をもとに殺菌時間を掛ければよいですね。肉塊を大きくしたり容量を大きくしたりしたら時間が延びますね。こちらも急冷するのを忘れずに。

ところでなんで急冷するか分かります?耐熱細菌とはいっても耐熱芽胞でない場合は熱でだいぶやられます。しかし、ゆっくり冷却すると、耐熱芽胞がまた発芽して栄養細胞となり悪さをするのです。密封した野菜や餡などが膨張したり変敗したりするのは、加熱不十分か冷却不十分、pH制御不足などが主原因です。相手はセレウス菌や枯草菌、耐熱性乳酸菌などなど。ボツリヌス以外にもいろいろいるんですなぁ。

そうそう、これは「冷蔵食品」として販売しましょうね。

保健所に正しい食品営業の許可申請を出しましょう。
(参考:東京都福祉保健局 営業許可について)
食品表示は消費者庁のホームページから資料を探す(消費者庁 食品表示企画)。原産国(地域)表示やアレルギー表示、製造者表示などなどきりがないけどね。

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