普通の皆さんが「お金を出せば買える」という種類の製品(自動車、パソコン、シャンプー、缶詰、ケーキ等など)を作るメーカー
で品質がらみの仕事で給料をもらう仕事などをしている人は「御社はどういう品質管理してるの?」と言う非難をしばしば受けていると思います。 私もご多分
にもれず、そのようなコメントを苦情の中にしばしば見ています。
答えは「そういう品質管理をしています」ですが、これは日本の工業をご存知でない人々(大多数の一般消費者、小売店)には通じません(西洋文明圏では意外
と通じるけど)。 これを日本でまともに返事すると当然のように苦情が滅茶苦茶こじれますhi。
品質管理。 何かうるわしい
言葉です。 しかし、これを口にする人で、意味を正確に理解している人は居るのだろうか?
「品質を管理することよ」と言う解答は当たりといえば当たりですが、では「品質を管理するとは何?」と聞かれて答えられます?
日本工業規格(JIS)を見てみると、品質管理(Quality Control):とは
「買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に
作り出すための手段の体系。 品質管理を略してQCということがある。 また、近代的な品質管理は統計的な手段を採用しているので、と
くに統計的品質管理(Statistical Quality Control,略してSQC)または、統計的工程管理(Statistical
Process Control,略してSPC)ということがある。」だそうです。
ここの最も重要なことは「買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り出すための
手段の体系。」ということです。
たとえば、陶芸家が粘土をこねて形を作り1週間連続で薪をくべて焼いて壷や皿を焼き上げて、窯から出しながら壷や皿を「あれもダメ、これもダメ」と割って
いるのをTVで見たことがある人も居ると思います。 できばえにこだわるこの陶芸家は品質管理をきっちりしていると言えるでしょうか?
答えは二つあります。
これが駆け出しの作家で、趣味に毛が生えた程度で自分が使うものを作っている場合、品質管理ではありません。
この陶芸家が先生と呼ばれるくらい有名で、小さな茶碗で50万、100万の値段で売ることができる場合、品質管理が行われていると考えて良いでしょう。
「買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り出すための手段の体系。」ということは、他人に品物やサービスを提供して初めて品質管理と
いう活動が生まれるわけです。 本人のこだわりだけでぶち壊している分には「品質管理」という概念は当てはまりません。
一方、大先生の方は、自分の作品の価値を高く維持する為に、自分とマーケットの要求水準に少しでも満たないなと感じたら、その壷を割っているわけで
す。 たとえば100個作って気に入った作品が3つしかできなくても、残りの97個分の原料などの費用は、生き残った3個にすべて乗せていますし、それは
実際100個分の原料費や加工費や大先生の生活費を超えた値段で売れます。
そこには、買い手が居て、買い手の要求水準があり、かつ利益を生み出す経済的な生産がされています。 つまり、この大先生はおそらく意識はしていないけれ
ど広い意味での「品質管理」をしているのです。
さて、現在の会社組織は、こんなノドカな品質管理をやっていては潰れてしまいますから効率よく仕事をしないといけない。
品質管理を効果的に実施するためには、JIS曰く「市場の調査、研
究・開発、製品の企画、設計、生産準備、購買・外注、製造、検査、販売及びアフターサービス並びに財務、人事、教育など企業活動の全段階にわたり経営者を
始め管理者、監督者、作業者など企業の全員の参加と協力が必要」で、「このようにして実施される品質管理を全
社的品質管理(Company-Wide Quality Control、略してCWQC)または総合的品質管理(Total Quality
Control、略してTQC)という。(JIS Z 8101品質管理用語より)」のだそうです。
普通日本ではTQCという言葉が一般的です。 TVの企業紹介番組でTQCなどという言葉を聞いたことがあると思いますが、それはこういう意味だったので
す。
このことは品質管理とは「品質」と名のついた部門だけがする特殊な仕事ではないのだと理解していただけると思います。
順番が逆のようですが品質の前に品質管理を超簡単に説明しました。
日本工業規格JISが品質管理を「買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り出すための手段の体系。」と言っていますし、実際の生活の
中で品質が良いとか品質が悪いとかいう言葉は皆さんよく使われるでしょう。
では、そもそも、「品質」とはなんでしょうか?
たとえば自動車の場合。
少ない燃料で長く走る燃費、排気ガス中の有害物質が少ない、ロケットのような加速、エンジン音、シートの座り心地などなど、ガタピシしない内装、雨漏りし
ない屋根、錆びないマフラー、、、皆、品質の一部です。
JIS日本工業規格や、ISO9000シリーズなどでいろいろな形で難しい言葉で語られているけれども、ひとことで言えば、品質とは、「その製品に顧客が
『こうあって欲しい』と期待するもの全て」です。
ここでは顧客の期待のうちの価格は除きます。 価格の品質を語ると話が広くなりすぎて、経営論の話になってしまいますから価格の品質というものは、今回取
り扱いませんが、価格は品質をはかる上での重要な尺度、スケールです。 ただ、「5万円でこの性能なら安い!」とか「10万なのにDVDバーナーも付いて
ないのか?」とパソコンの値段について語ることがあると思います。 そういう意味で価格は品質をはかる上で大事な物差しではあります。
ともあれ、品質とは、「その製品に顧客が『こうあって欲しい』と期待するもの全て」です。 こうあって欲しいと言うことは、「こうあって欲しくな
い」と言う要素も品質です。
クルマだったら「すぐ錆びないで欲しい」、「故障しないで欲しい」ということですね。
すぐモデルチェンジしないで欲しい というのもありますが、言うまでも無く、これはあたりませんねhi。
私は医療機器会社で品質保証をしていますが、食品工業が長いので「食品の品質」を例にして説明してみましょう。
ではまず、「食品の品質」とは何でしょうか?
言い換えれば、「食べる物、飲み物に皆さんが心地よいと思いたいもの」は何でしょうか?
鮮度、美味しい、寄生虫に汚染されていない、などなど色々ありますが食品の品質でもっとも大事な事は、「死や病気のリスクからなるべく遠いという安心感=
食べて死なないこと」なのです。
刺身や生姜焼き用スライス豚肉、ジャガイモ、りんごのような生鮮食品でも、PETボトル入りジュースでも、ツナやコーンビーフの缶詰やレトルトパ
ウチのカレー、瓶入りのジュースでも、ファミリーレストランで出てくるジャンバラヤでも共通してもっとも大事なことは、その製品を食べたり飲んだりするこ
とで病気になったり死んだりしないことです。
そんなこと当たり前だ と思うかもしれない。 「食べて死なない、病気にならない」と言うことはあまりに当たり前すぎて、「一番大事なことは死なないこと
です」と言うと「PGJは馬鹿か?」と思われるかもしれない。
ところが食品が原因で人間が死んだり病気になると言うことは実は珍しいことではなく、身近な例では2006年はノロウィルスが原因で日本中あちこちで百人
単位の罹病者が出ていましたし、私の学生時代には九州の殺菌不良カラシレンコンが11人殺しているし、数年前には雪印乳業が大阪方面で被害者数が
10,000人を越えたと言われている食中毒事故を出していますし、全国各地の特に学校給食施設では病原性大腸菌で死人を出しています。 (ところで、大
腸菌O157というのはマスコミが考えた芸名で、本名は病原性大腸菌O157H7型です。)
2000年以降でもファミリーレストラン某大手が鶏肉についていたサルモネラ菌や水産物のノロウイルスを原因とした食中毒など数件の食中毒を出して
いまして、食中毒事故は会社の大小を問わず発生しています。
ちなみに食中毒原因となった施設のトップに立つのはいつの時代も、中小の食堂でも、仕出し弁当屋でも無く、、、家庭の台所です。 調理のアマチュアである
皆さんや、家庭の奥さんたちが一番恐ろしい、その次が栄養士だったりしますが、 その次が一般独立したレストラン食堂の類。
ともかく、食品の品質で一番大事なことは「死なない、中毒にならない」と言うことです。 これは昨今「安心、安全」と掛け声だけ立派なスーパーや生
活協同組合がわめいている内容とは別次元の問題です。 わずかな残留農薬や食品添加物で死ぬことは無いけれど、病原性大腸菌E.coli
O157H7やS.typhimuriumやS.enteritidisなどのサルモネラ属の細菌、ボツリヌス菌が生き残っていると、高い確率で死人が出
ます。
その他に、1968年に発生したカネミ油症事件というのがあって、生産工程の熱媒体でPCBが使われており、配管のもれからダイオキシン類の混ざった
PCBがコメ油に混ざり込んで、それを使って作られた揚げ物を食べた人や、そのひとから生まれた人に健康被害が発生した。
とか
某飲料工場で容器消毒用の薬品が容器に残っていて、食べた人の気分が悪くなった。という化学性中毒というものもあります。
ふぐ料理で内臓を取り損なってテトロドトキシンに当たって死んでしまう人もいます。
ある、お金持ちの中には半分口の中がしびれるくらいのふぐが旨いというチャレンジャーもいますが、こういう自殺志願の例外を除いて、たいていの人は「河豚
は食いたし命は惜しい」と人ですから、こういう毒素型中毒も避けなくてはいけない。
一番な大事なのは「死なない、病気にならない」ということです。 最も大事な品質項目はサービスや製品が原因で死人を出さないことです。
有名なHACCPや食品のGMPも、品質管理のはじめの一歩である「死人を出さない」というのが最大の目標です。
実は、その他の工業製品でもクルマでも、医薬品や医療機器でもなんでも、一番大事な品質目標は「死なない、病気にならない」「死や重篤な
疾病、障害の原因とならない」ということです。
三菱自動車はロケットランチャー式車輪で人を殺しましたし、ソニーがPCのバッテリー大回収しているのも火災が原因で人が死ぬからかもしれないからです。
松下電器が暖房装置を延々回収しているのは死人が出たからです。
人はなるべく殺してはいけません。
キリスト教の概念で育まれた西洋近代科学によれば、人間がやることに「完璧/絶対」はありえません。 それは人が死ぬかも知れないリスクに関しても同じで
す。 缶詰生産ではボツリヌス菌に対して最低12Dの殺菌強度を要求しています。 これは初発の細菌数が1000あったとしても中毒が1億缶生産につき1
缶にしかおきないような微生物学的検討のうえで出された数字です。 1億分の1といえば限りなくゼロに近いがゼロではない。
生で食べる牡蠣の日本の細菌基準は「牡蠣1グラム当たり5万以下」で、「ほとんどの人が5万以下の細菌でなら、おなかを壊さないだろう」と言う規格です
が、1グラム当たり3万以下でも当たる人は当たるだろうし、、、、
というわけで、人が死ぬかもしれないリスクについても、工業生産品である以上、これを完全にゼロにすることは不可能です。
そこで、人が死ぬかもしれないリスク、病気や怪我をするかもしれないリスク、ただ不愉快になるだけになるリスクを、それぞれ勘案します。 これをAQL
(Acceptable Quality Level)と言いまして、品質要求水準とでも訳しましょうか。 冒頭で品質管理とは買い手の
要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り出すための手段の体系で
あると説明しました。
ユーザーを殺せば多くの会社は経済的に立ち行かないので、まともな
会社は大変なコストをかけてAQLを厳しくした「死なない設計と生産」をします。
人の命に関わらない品質要素、つまりクルマなら「塗装がきれい」、「故障しないエンジン」、「走行中に変な音がしないサスペンション」、食品だったら「い
つ買っても同じ味のクッキー」、「いつもきっちり300g入っているコーヒー豆」、「溶けていないチョコレート」、「割れていないクッキー」なんていうの
がありますね。 別に塗装にムラがあっても運転している人は死にません。 いつも300g入っているコーヒー豆の袋に今回は250gしか入っていなかった
としてもコーヒー豆を買った人が死ぬわけではない。 クッキーの化粧箱が凹んでいても残念ではあるけどもらった人が病気になるわけではない。
こういう「まぁ仕方が無い」不良の場合、たとえば「30枚入りのクッキーが1枚割れていた。」なん
ていう苦情が来ても「まぁ小売価格200円だし、100箱に1回はそんな事もあるだろう」というスタンスになります。
つまりAQLの要求水準が低いということです。
ところがこれが一箱30枚入りクッキーだけど、「超高級一箱10、000円です。」となると、「割れているなんて2000箱に1回です。」が求められま
す。 その分、包装資材や輸送方法にコストを掛けて割れにくくします。 それはAQLの要求水準が厳しい=つまりお客様の期待している水準が高い(「高価
なものはより良いだろう」という期待が大きい)からです。
買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り出
すための手段の体系でありますから、高価なものには高い原料コストのほかに高い品質コストも掛けられます。
人工衛星に使う電子部品などは、普通に秋葉原で買えば10円の部品が5000円したりするらしい。
それは、10円の部品がパァになったら、打ち上げ費用込みで数十億円の人工衛星がごみになってしまうから、ある10円の部品を100個用意させて99個を
虐待試験して、99個が壊れなかったら残りの1個を合格にするというような厳格な試験をするからなのです。
一般工業では1000個作って1個抜き取り検査して合格なら残りの999個も合格と言う判断をしたり、製造条件(KPI=Key
Performance
indicator)が規格に入っていれば抜き取り検査さえしませんから、人工衛星の部品試験が如何に過酷かわかるでしょう。 (それでも故障で使えな
くなる人工衛星は数え切れませんが。。。。)
要はバランス。 いくら完璧を期しても人間はNo one is perfectなのです。
ほとんどのメーカーの製品、サービス提供者のサービスは死人や怪我人が出ないように設計され製造され運営されています。
ごく少数、脱線して大量殺人してしまった鉄道会社や、設計不良製品で死亡事故を出してしまった電機メーカーや自動車メーカー、食品メーカーがありますが、
これは少数。
他の「品質上の問題」苦情になるのは、死にもしなければ怪我もしない、但し「お客様を不幸せにした」ことは間違いない品質上の問題です。
上記の割れたクッキーの他、塗装に埃の埋まった新車、印刷がかすれているソースのラベル、などなどが、その例ですが、これらの品質問題も、人が死ぬかもし
れないリスクと同様に管理できます。 できますが、、、 品質管理のコストは上がります。 そして品質管理のコストは馬鹿にならないほど高いものです。
むろん、品質を向上すれば、工程内ロスも減り、苦情も減りますから、苦情処理コストが低減できるという効果もあります。
月1000万円売る営業スタッフが2時間お詫びに費やしたら、それだけで10万円のロスです。 そういうロスばかりでなく「あの会社の製品は苦情が多い」
という評判が立てば販売しにくくなります。
他社より苦情が少ない製品を出せば販売も伸びます。
つまり、すべてはバランスの問題です。 極端に言えば、過剰な品質はコストを上げお客様に不必要な出費を強い、低すぎる品質はお客様に不便を強いる。
そこで買い手の要求に合った品質の品物またはサービスを経済的に作り
出すための手段の体系という品質管理の概念を思い出してください。 企業は、市場調査でそのベストバランスを探って製品を作っています。
(販売する国や地域でお客様の求めるものは違いますから、同一製品であっても地域ごとにベストバランスは異なります。)
どういう品質管理をしているんだ!? 「そういう品質管理です」 とは、そういうことなのです。
「そういう品質管理」のバランスを何処で取るか? これを決めているのが会社それぞれの哲学や運営指針です。
そこで、zl2pgj.comにアクセスされている会社を主とした各社の運営指針を並べてみました。 こちら
良いポリシーを持ち、それが社内に徹底されている会社は、業績も良いようです。
初出: 2006年北里大学獣医畜産学部特別講義 (を超圧縮編集)
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