「熱狂を生む技術者たち -’80-’90年代 日本のクルマとオートバイ-」
トヨタ博物館で7月12日までやっている企画展を見に行ってきました。 学芸員の説明があるというので平日の25日。
行き帰り雨で第二東名も80km/h規制で時間を食いましたが、AWDで安定していて疲れはしなかったです。

入館すると豊田自動織機な創業期のクルマ


ZLでへ行くと走っているのが普通に見られます。


ラジエターキャップの飾り (蛙は除く)
で、企画展

CBRの後ろがヤマハのYZF。 「ライダー自らが積極的にマシンを操作し(中略)ブレーキングし車体を倒し込み、ラインに乗せてスロットルワークで立ち上がる一連の操作を、自分の意志でコントロールする歓び(以下略)」がコンセプト。 スズキとカワサキが直線番長競争している頃、HYはレースも大々的にやってたしね。
PGJはヤマハのロードモデルの「ヘタは乗るな」な設計姿勢が好きで、「ヘタなりに練習しよう」という気持ちで今もヤマハに乗っています。



80-90年代 日本の二輪はレースを席巻していましたが、四輪車はカタログスペックばかりで碌でもなくて
トヨタは、スープラをドイツのアウトバーンへと持ち込みます。超高速域でメルセデス・ベンツやBMW、ポルシェといったが片手運転で安定して疾走していく中、スープラは時速200kmを超えたあたりからボディが浮き上がるような感覚に襲われ、真っ直ぐ走ることすらできず。 車体はヨレヨレでおっかなくてブレーキも踏めない。数回踏めば煙もうもう。
とか
スカイラインR32の試作車も同じ時期にニュルブルクリンクサーキットで半周もできず轟沈。
とか
あれで悔しくて各社、欧州で戦えるクルマを作ろう!になりました。 そうです。
ブレーキがモウモウ煙だすのはAudiも同じで、箱根でローターが600℃越えて煙もうもうでした。 市販車はそんなもんですけどね。

会場入口でフルバンクしているRZV500

フルバンクで展示するための治具はヤマハ発動機資料館さんが無料で作ってくれたそうです。
マネキンのライディングポジションは「当時はリア荷重で曲がってた。 ハングオンが流行ってた。」等々でヤマハとトヨタの担当者で3時間も相談していたとか。
RX7はテールスライドしているところを演出するのにサスを替えたり、タイヤの圧を抜いたりして、「傾かせている」のだそうで。
言われなきゃわからなかったですよ。hi
と言うわけで冒頭の写真は、これからクルマに轢かれるカエル と言うところですねぇ。 わうさま。。。
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