東北ぐるっと 三内丸山遺跡

青森市(JCC0201)の三内丸山遺跡へ行ってきました。 1997、2001に続いて四半世紀ぶりの3度目。 いやはや立派になって。

こちらでも「クマ!」に注意してください。 だそうです。

1万年続いた縄文時代で、ここ三内丸山は1500~1700年続いたそうです。 「1万年の内のたった1500年か!と思わないでください! いまから1500年遡ったら、日本は古墳時代ですよ。 長いですよ!」 とは現場ガイドさん

ごもっとも

この近所が青森県の運転免許試験場で、PGJはそこで大型特殊と牽引の一発免許を取りました。 自動二輪や普通免許の筆記試験もそこだったかな?  朝一の特急電車で青森市に向かうのよ。 昔の田舎モンは大変なのよ。

わうさまがポーズしている上の写真の高い建築物の基礎が出てきた場所。

栗の巨木。 しかも栗は栽培していたそうで、狩猟採取生活の縄文時代というのは昔の解釈で、稲作をしてないだけで、ヒエ、粟、栗、は整列させて植えて栽培していたそうですよ。

へー!

もっとも、あんなに背の高い栗があるか!? という異論もあって 建築学的に見ると無理じゃねぇの?
https://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaiho175/kai17504.html
という説もあるそうです。 

そうねぇ あんな背の高い栗の木なんて収穫できないでしょう。

一方 掘っ立て柱式で1層ですが大きな家もありまして

カメラの性能も風俗も違いますね

2001年もこの模型だった気がする。 
2001年
復元住居もだいぶくたびれてきた感じ

とはいえ、復元住居の修理より忙しいし、本業なのが 発掘!

全部発掘終わるのは2200年頃ではないかと

そのころは日本は縄文時代に戻っているかもなぁ

さて、土偶 みていけ 

と、誘われたので

関東甲信越の土偶と違って平板なのが特徴的な三内丸山の土偶 

青森の土偶が皆平板かというと とんでもない かの有名な遮光器土偶は津軽産

写真は東京国立博物館様から

三内丸山の真っ平ら なんででしょうねぇ

この当時の交易範囲がすごくて 出てきた石鏃の黒曜石産地が、なんと長野の諏訪湖辺りまで広がっているという。

たいしたもんだねぇ。 いったいいくつのムラを辿って、どれくらいの期間で到達したのでしょうね。

縄文のムラのすごさを見るなら三内丸山 

縄文の土偶の豊富さを見るなら釈迦堂 https://www.eps4.comlink.ne.jp/~shakado/

縄文の土偶の粋を見るなら尖石 https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/

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