蔦温泉はPGJの学生時代。 実習や卒論実験をしていて、晩飯食べた後に「蔦行くべぇ」と、クルマですっとんで行く温泉でした。 夏でも冬でも着く時間が変わらなかったスパイクタイヤがあった時代です。

今は十和田市街を出ると法定速度道路になるので、とても快調快適な国道102号線です。 途中の風景は商店や工場が潰れているほかはあまり変わらず。 ただ街路樹は大きくなっていました。

蔦の第一コーナー。 

雪が降ったら、最初の左直角コーナーでフェイント掛けて右にリアを出してアクセル踏んで登っていくのです。 そうしないとFRじゃ登れないのよ。

着いてみると帳場の雰囲気が変わっていて出てくる人も見慣れない人で。 なんとそのはず。
小笠原さんの宿ではなくなっていました

311地震以降、客が激減したのと、本館裏の長階段で登る3階にあたる棟が倒壊したのが大きかったようです。 言われてみればOE(オーストリア共和国)の同僚が泊まりたいと言うので通訳してやったことがありました(当時は蔦には英語を忘れた人しか居なかった)が、それが2015年頃。 
PGJは最後に行ったのが2007年くらいではなかろうか?

東北方面は首都圏の渋滞を抜けなくてはいけないし、仕事忙しすぎで休暇取れないし、東北復興でただでさえ税金抜かれているのに、これ以上ご奉仕しなくてもなぁ。 というのもあって疎遠になっておりました。

十和田湖周辺は40年前から観光衰退地域で、90年代は古牧温泉がこの辺りの潰れホテルを買いまくっていました。古牧温泉の「古牧」は、渋沢栄一の大農場があったから。 渋沢栄一の弟子の人物が興した観光事業だったのですがねぇ。が、それも潰れて奥入瀬の古牧は星野リゾートに。 

昔世話になった民宿は廃業しているし、で、PGJとPGKには八甲田周辺で宿泊目的で積極的に使いたいと思う宿はもう無くなったですなぁ。 消去法で考えると早朝ドライブには蔦の立地は便利なんです。 他に早朝ドライブを考えると泊まったことはないけれど酸ヶ湯裏の八甲田ホテルくらいですが、今は周辺で人が熊に喰われる事案が連発しているのでねぇ。 

熊出没マップ(下図)

クリックすると熊マップへ飛びます

大町桂月と小笠原さんの墓参りでもしようと思っていたのですが宿の人に「オススメしません」と言われちゃねぇ。 

あの奥へ行くのは なぁ。。。
青森県庁「国立公園の特別保護地域で山菜採りは禁止されているのよ!」

山菜泥棒を命がけで救助に行かなくてはいけない青森県職や猟友会の皆さんは大迷惑。 

さて、蔦の湯殿は経営者が変わって なんともはや な様子に変わっていました。
が、今は写真撮影できません。

以下は40年前

源泉は浴槽の直下

昔は大町桂月八甲田山死の彷徨が目玉の宿でしたが、いまはプロレスラーな様子。

本館客室の半分近くが崩壊してしまったので、お部屋はこういう感じが主のようです。 離れもありますが渡り廊下で繋がっているわけではないので雨や雪、熊の出る日はあまりオススメでないです。

わう様の後ろに見えているのが離れ
くまーっ!
倒壊寸前の本館裏の客室は木に隠れて夏は見えません。

蔦は陸の孤島だし、麓の焼山温泉もゴーストタウンなので素泊まりというオプションはありません。 で
晩ごはんですが

結論から先にいうと「連泊するな」です。

最初の晩

「アトラクティブではある」わう様

青森といえばシードル(りんご酒)。 ニッカ弘前工場のが出てくると思ったら。

JRのでした。

で ごはん

デザート 

でした。

何処にでもある温泉宿の料理になってしまったなぁ。 一応すべて青森県産を使っているのではありますが。

2日目の晩

瓶詰めと冷凍品だろ な先付け
前日とのギャップの大きい魚

3連泊した人が、「またあれよ きっと」と言っていたので、おそらく料理の多様性にかけるのかと。

栄枯盛衰

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