東北ぐるっと 本間様
アメリカ合衆国主導連合国軍占領下の日本政府のやらかした農地解放で「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」と言われた本間家の没落はドラマになったりしておりました(鶴田家も没落)。
どれくらいものすごい金持ちだったのか? と前々から興味があったので角館から新潟へ移動するついでに寄りました。 相変わらず日本海側の道路事情はハナクソで、、、、
尚、途中の山道の駐車スペースは至る所にロープが張られ「熊出没につき立入禁止山菜採り禁止」と出ています。 その日のニュースによれば「今日の目撃数34件」みたいな有様

とりあえず着いた!(一番上の写真が玄関)
意外と大したことがない。 武家部分と商人部分に分かれているせいもあり、また大金持ちの割に住環境に贅を求めなかった歴代の当主の意向もあり、派手さも大きさもありません。 大金持ちとは云え江戸時代の商家。 身分制度による仕様が色々決められていた時代でもあるのでしょう。 ご本宅は内部撮影できませんので写真なし
本店の店舗がこちら。 本宅の向かいにあります。



これが別邸に行くとですね。 酒井の殿様をお迎えしてご接待したマンションですよ。 庭も建物もご立派。



これだけの荷重を隅の柱2本で支えている構造は かなり無理な設計の気がします。 その代わり、見通し風景がきれいです。 御殿場(JCC1806)の岸別邸もこんな感じだったわね。
縁側の天井


畳の敷き方が横一線なのは 身分によって座る位置が決まるから。 時代劇の殿様とのご対面座敷の様子を思い出してください。「近う寄れ」と言われて畳の縁を超えて来るでしょ。 あれ。
二階は鴨居もお見事で、XYLと「我が家の座敷にも、こういうの付けたいなぁ」。

屋根も立派よ

お庭も立派

庭師が数名入っていましたが、本職の庭師は上手だねぇ。 だいたいまともな植木職1人日当10万円とかするので、この手入れだけで50万円すっ飛ぶのではないか?


別邸の売店で

鉄道と道路の開通と農地解放を経て、ご本家は企業としては消滅。戦後の財産税で散逸するのを防ぐためにか、お宝は美術館になりました。 尾張徳川様は戦前から財団法人化してお宝を守り抜きましたが、なまじ莫大な収入があったので、そういう散逸防止方法をとっていなかったのでしょう。
その美術館



あの古典落語にも出てくる「井戸の茶碗」。
我ら庶民下々が「きったねー茶碗」と言ってしまうのが無理もないけど「国の重要文化財」
この他にも利休由来のお宝などがございました。
時間がない場合は別邸だけで十分な気がします。 とりあえず、酒田の殿様と地域経済と民衆を支えた豪商というのはわかりました。 日本が無理な戦争して大負けして占領されている間に滅んでしまいました。
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