本日はイエス・キリストがユダヤの民の熱狂的意思を持って十字架にかけられて死んだ日とする宗教的な日です。 実はイエス・キリストの生誕日と言われるクリスマス同様、死亡した日も考古学的に確定していないのです。 PGJは「生まれたのは紀元前7年ころの北半球の夏説」をとります。 また死亡したのは、かのアイザック・ニュートンさんの天文学的検証によると西暦30年4月7日-金曜日あるいは西暦33年4月3日-金曜日だそうです。
月の運行をもとに日付を確定するので、現在の暦に載せるとどうしても毎年命日が変わるということがおきます。 それがイースター(復活祭)が日本で普及しない理由の一つです。
かの文明的ローマ帝国によって支配されていた地域の政治犯の資料がそんなに残らんというのは如何にイエズス・キリストが当時はたくさんいる反ローマの有象無象の一人だったということなのかもしれません。 原始キリスト教会の情熱(新興宗教はたいてい情熱的ではあります)が、2000年も続く宗教にしてしまいました。(他の宗教同様に利権構造も作ったからこそ残ったわけですが)
で、PGJは例年通りイースター休暇をとったわけです。 で遠州へ日帰りです。
古くはヤッチャバ、かつては、アマチュア無線家、今はコンピューター自作家、アニオタの聖地秋葉原。 秋葉原の元々の名の起こりは「明治2年12月に相次いだ東京の大火の後に政府が建立した鎮火社を民衆が秋葉権現として信仰し、周囲に置かれた延焼防止のための火除地が「秋葉ノ原」と呼ばれ、後に秋葉原という地名となった。(wikiより抜粋引用)」ですが、その大本の本山(明治初年の神仏分離令で神仏混淆な両部神道の権現から神社に変わってしまったので、今は本山とは言わないけど)へ行ってきました。 雨なのに。
亡き舅が張っていた秋葉山の火伏せの御札を納めに行ったわけです。 前世紀からの代物。。。
舅がその御札を入手したのはPGKが大学院生だった頃ですから四半世紀前です。 「御札一枚でよくもまぁボケ老人の家から火を出さずに済んだかと。」と曹洞宗な妻がありがたくお賽銭とともに古いお札を納めておりました。
で、今日は遠州地方は昼前から雨は上がる予報でしたのに。 終日雨。 バカヤロ。
林道をハイビームとホーン連発で7.5km登って行ってたら「こんな日は誰もくるまい」で15時には「営業終了」
まぁ、無理もない。 境内(鹿苑内)には参拝客がPGK+PGKと他1名のみ。 開けてたら光熱費がかかって仕方がない。
ここは景色がいいのですが、この天気では観光客も来ないですしねぇ。 とはいえきりに霞んだ門や桜、新緑の木々は見る価値がありました。
で、駐車場に戻ってきましたとさ。 歩きでがありました。hi
火除とか現世利益などを訴求する宗教施設は中小企業の寄付が多いもの(足柄山の大雄山も凄い)ですが、こちらもご同様。
以上 秋葉神社上社 https://www.akihasanhongu.jp/
せっかく来たんだから下社も行くか! ということで
このルートはとても狭く見通しも悪いので、山道運転の常識やスキルのない方々、ミニバン乗り、AT乗りにはオススメしません。 遠回りしましょう。 時間的には大して変わりませんから。 (景色が違う)
で下社
下社で火除御札をわけていただいて帰ってきました。
「下社なら簡単に行けるから次回から下社で十分」とはXYLでした。