源泉かけ流しの定義

温泉旅館などでよく見聞きする「源泉かけ流し」の定義をご存知でしょうか?
温泉は「地下から湧出あるいは組み上げる25℃以上の湯、又は1種類以上のミネラルなどを含む湯、あるいは噴出する蒸気」を言います。
https://www.env.go.jp/nature/onsen/point/index.html
「源泉」「掛け流し」ですから、上記の温泉の源泉から採取した湯を「湯船に直接投入し、溢れた分は排水として排出する」ものを「源泉かけ流し」と考えるのが普通と思います。
が。
残念ながら「源泉かけ流し」について
法的定義はありません。
この為「源泉かけ流し」を標榜することになんら規制はありません。
源泉で積載した温泉湯をタンクローリーで温泉施設に運び、貯湯(ちょとう)タンクに貯留させ、水道水あるいは井戸水と混ぜながら湯舟に投入し、循環装置で消毒しながら1週間使い続ける温泉施設で「源泉かけ流し」を標榜しても、なんら違法性はありません。
おそらく優良誤認で景品表示法違反に問われることもないでしょう。 
2019年8月に不当景品類及び不当表示防止法第7条第1項の規定に基づく大阪府知事の措置命令を受けた泉佐野市(JCC2515)の大規模浴場は天然資源である温泉を一滴も使用していないにもかかわらず「温泉」を標榜していたので「優良誤認」に当たるとして措置命令を受けました。 工業用水を温めた湯と温泉法で云う「単純泉」では効果効能に差はありませんが、法的には明確な違いがあるということです。
極端な話、温泉法の解釈上は1%でも温泉が入っていれば「温泉」です。 ここいら辺は、100%果汁でないとジュースを標榜できない農林規格とは大違いですね。
一方「天然温泉」を標榜するには公正取引委員会の「温泉表示に係る景品表示法上の考え方」に従う必要があります。
https://www.env.go.jp/council/12nature/y123-01/mat06.pdf
湯船の底から適温で湧いてくる温泉を、そのままオーバーフローして利用している古くからの温泉宿は、実は今や大変貴重な存在です。 例えば蔦温泉の旧館。https://tsutaonsen.com/
途方も無い量が延々湧いているので、湯がいつも澄んでいるのが蔦温泉の凄いところ。 雪中行軍訓練後の陸上自衛隊の隊員が団体さんで入っても大丈夫。 
ところでPGJの1980年代からの疑問は、これだけの湧出量を処理する排水施設は一体どれくらいの容量なのだろう? なのですが、今調べてみると「自然湧出温泉」のみの施設からの排出基準は特例的に緩いようです。 https://www.env.go.jp/press/files/jp/111811.pdf

(写真手前は池ですので誤解なきよう)
勝手に湧出している温泉(湧泉)はさておき、特に汲み上げた温泉は大事な天然資源ですし、揚湯ポンプの電気代も施設の維持費も莫大にかかりますから、「一度使って廃棄」ではもったいないです。 循環しフィルターでゴミ(主として人毛)を濾過し、消毒し、再加熱し湯舟に再投入するのは、悪いことではありません。
ただし、循環させると悩ましい微生物制御をしなくてはなりません。 微生物制御は日本人が苦手なものの一つでねぇ。 
特にタチが悪いのがレジオネラ。 2002年に宮崎県の温泉施設で 295 名が発症し,そのうち 34 名がレジオネラ確定診断され,うち7名が死亡したという大事故がありました。http://journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0780020090.pdf 
循環温泉施設が全て悪いかのような記事を、まま見かけますが、この事故の主原因は単純に設計不良。 ついでに施工不良、運用不良に、行政指導不良。 食品衛生の基礎もしらんでレストランや食品工場を設計する建築士が居ますが、この温泉事故も一因は設計不良。

公衆浴場に行くと湯船に湯を注ぐ注ぎ口が設置されている場合が多いです。(写真は例。記事内容とは無関係)
そこから注いでいる湯量は「意外と少ないな」と思われるケースが多いでしょう。 場合によっては止まっていることもあります。  どかどか注いでいないと「温泉に来たのに損した」気になる人もいるでしょう。 一方「注いでいる量が少ない割には湯が温かいな」と思うでしょ。 
あれだけ大きい湯舟で数トンもある湯の熱容量が大きいとは言え、湯は温め続けていないと冷めるのは家庭の湯殿と同様。 湯船の底から温めているわけでもないのに何故冷えないのか? それは、どんどん冷えた湯を底から抜いてボイラーで再加熱しているからなのです。 これは家庭用の沸かし直し機能がついた浴室給湯器と同じです。
ただし、その加熱した湯は写真のような水面上から注いではいけないのです。 あそこから注ぐのは循環させていない未使用の源泉からの湯か水道水に限ります。 
以下厚労省の「レジオネラ症の知識と浴場の衛生管理」から
V  循環水の微粒子(エアロゾル)が空気中に分散することを防止するための構造設備上の措置
1  循環湯の吐出口は浴槽の水面下に設ける。
 循環湯の吐出口の位置は、必ず浴槽の水面より下に設け、浴槽内の湯が部分的に滞留しないように配置しなければなりません。循環湯の一部を、浴槽水面より上部に設けた湯口から浴槽内に落とし込む構造のものがよく見受けられます。これは旅館や娯楽施設の浴場で、湯を豊富に見せるための演出として行われているようですが、新しい湯と誤解して口に含んだりする入浴客もあり、また、レジオネラ症感染の原因であるエアロゾルが発生するなど衛生的に危険なものです。浴槽の湯口からは、新しい温泉水や湯、水以外は流さないようにする必要があります。
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/about.html
注ぎ口からドウドウと湯が流れている温泉施設は、莫大な湧出量の源泉を持っているか、アホ設計かのどちらかです。 殆どの温泉施設の湯舟への水面上の注ぎ口からの湯が細々なのは上記基準を遵守しているからなのです。
2002年の大事故の設計不良とは、この循環湯を頭の上から降り注いでいた大馬鹿設計のことでした。 この事件の2年前に厚生省生活衛生局長通知第1811号で以下のごとく禁止していたにもかかわらず ですね。
- 循環してろ過された湯水が浴槽の底部に近い部分から補給される構造とし、当該湯水の誤飲又はエアロゾルの発生を防止すること。
- 打たせ湯及びシャワーは、循環している浴槽水を用いる構造でないこと。
温泉を利用する公衆浴場の給湯系統は新湯と循環湯に別れます。 以下が概念図です。

(源泉が熱い場合と温度が低い場合を併記しています)
このように新湯系統と循環湯系統を分離する訳は、循環系のレジオネラやアカントアメーバを経済的に根絶するのは無理だからです。 何しろ東京都の調査ではいわゆる「日帰り温泉など」の内、1/3の施設からレジオネラが検出されたそうですから、いると思って対策をとらねばなりません。
万が一、有害なレベルで残っても、飛沫にならなければリスクは低いからです。 この点、缶詰の商業的殺菌(ボツリヌス菌に汚染されていると思って1億人に死者1人以下程度になるように殺菌する)と考え方が似ています。
宮崎のケースは循環湯系統が新湯系統につながっていたという訳。 それはレジオネラ噴霧施設としか言いようがなく死者を出すに至りました。 
さて、幼児や老人が感染しやすいレジオネラ症ですが、レジオネラ感染は特に爺さんに多いのだそうです。 長年の喫煙で呼吸器がもろくなっているとか、婆さんは胸まで湯舟に浸かるが、比べ爺さんは顎まで浸かるので飛沫を吸いやすいとか。 いろいろ説があるようです。 水面の上から湯を出していなくても気泡風呂などで飛沫を発生させているところがありますが、これまた清掃消毒を失敗しているとレジオネラ噴霧装置になりますから、そういう原因もあるのでしょう。
 
スリル満点の温泉道楽ですが、リスクを知って適切に避ければ(汚いところには行かない)死ぬことはないでしょう。 PGJは規模に比して源泉の湧出量/供給量の少ない温泉や大規模日帰り芋洗温泉などは避けています。hi
JAの街なかの食品産業がHACCPすら導入できていないのですから、JAの行楽型公衆浴場が微生物制御を満足に実施できていなくても何ら不思議はありません。(だから1/3が陽性?)
また以下を読んで理解して制御できている業者さんは少ないでしょう。
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/e8z/cnt/f762/documents/887773.pdf
ZLでは温泉におけるレジオネラやアカントアメーバのリスクは当局により広く知らされております。 https://www.zl2pgj.com/gisborne/08morere.html
ところが本邦では一般向けの積極的な告知は殆ど見ません。 何故でしょうねぇ。
大規模施設の冷房冷凍用クーリングタワーもレジオネラ噴霧器リスクが高いので施設管理者や労働安全担当者にはよく知らされているのですが、意外と一般向けは見ません。
1/3の公衆浴場がダメダメなんですから、もっと広く知らせても良い気がします。
最後に、レジオネラは家庭にもある危機です。 冬に皆さんよく使われる超音波型加湿器。 毎週掃除をしない人が居ますがあれも恐ろしいです。
http://pro.saraya.com/fukushi/column/dr-yokoyama/backnumber/156.html

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